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1951年(昭和26年)6月、創刊。
創刊時の主要メンバー 近藤芳美、岡井隆、吉田漱、細川謙三、稲葉健二、金井秋彦、相良宏、河村盛明、大宰瑠維、田井安曇、上野久雄、近藤とし子、河野愛子、川口美根子、米田律子、等。また、その初期には、高安国世、杉浦明平も誌友として参加した。
1951年から1982年(昭和57年)までの編集担当者、細川謙三、稲葉健二、吉田漱、岡井隆、田井安曇、秋村功、大島史洋、小野寺幸男、等。
1983年(昭和58年)より編集委員制度となる。編集委員、岡井隆、大島史洋、古明地実、小野寺幸男。
1983年7月、複数選者制度発足。選者、近藤芳美、岡井隆、河野愛子、細川謙三、後藤直二、金井秋彦、石田比呂志、川口美根子。
1986年(昭和61年)、石田比呂志、選者を辞す。
1989年(平成元年)、河野愛子死去。その選歌欄を大島史洋が継承する。
1990年(平成2年)以降の編集委員、岡井隆、阿木津英、今西久穂、上野久雄、大島史洋、加藤治郎、さいとうなおこ、佐伯裕子、道浦母都子。また、運営委員は、吉田漱、桜井登世子等。
1991(平成3年)、創刊40周年記念『「未来」と現代短歌 ― アルバムと年表による40年』刊行。
1992年(平成4年)〜93年(平成5年)、秋山律子、池田はるみ、黒木三千代、小池純代、佐久間章孔、山田富士郎、編集委員に加わる。
1993年(平成5年)、9月号〜10月号の2冊に「500号記念 未来歌集」を掲載。
1994年(平成6年)、米田律子、選者に加わる。
1995年(平成7年)以降、飯沼鮎子、大滝和子、大辻隆弘、釜田初音、小林久美子、紺野万里、さいかち真、高島裕、田中槐、恒成美代子、中川佐和子、中村厚、鳴海宥、東直子、東めぐみ、干場しおり、松原未知子、水沢遥子、美濃和哥、宮原望子、門馬真樹、横井典子等、編集委員に加わる。
2001年(平成13年) 2月、発行所を近藤芳美方から東中野のビルの一室に移転する。同時に発行人名義も近藤芳美から岡井隆となる。また、日下淳、小林成子、寒野紗也、嶺野恵等、編集委員に加わる。
6月〜8月号の3冊を「創刊50周年記念号」として発行。
8月21日、吉田漱死去。
2002年(平成14年)、1月号〜3月号の3冊を、「600号記念号」として発行。
2003年(平成15年)、10月号より佐伯裕子、山田富士郎、加藤治郎の3人が選者に加わる。
2004年(平成16年)、4月号より道浦母都子が選者に加わる。
6月号を最後に細川謙三が選者を辞す。
2005年(平成17年)、1月号より「未来」がオフセット印刷にリニューアル。
9月号を最後に近藤芳美が選者を辞す。
また、同じ9月号より稲葉峯子、桜井登世子が選者に加わる。
12月号を最後に金井秋彦が選者を辞す。
2006年(平成18年)、3月号〜5月号の3冊に「650号記念アンソロジー」を掲載。
6月21日、近藤芳美死去。9月1日、「近藤芳美をしのぶ会」開催。
12月号を最後に後藤直二が選者を辞す。
2008年(平成20年)12月25日、細川謙三死去。
2009年(平成21年)2月16日、金井秋彦死去。
2010年(平成22年)1月号を最後に川口美根子が選者を辞す。
また、同年2月号よりさいとうなおこ、池田はるみ、大辻隆弘の3名が選者に加わる。
11月2日、近藤とし子死去。
2011年(平成23年)6月、未来創刊60周年を迎える。7月16日・17日、未来創刊60周年記念大会を東京一ツ橋如水会館にて開催。
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